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大阪城に梅を見に行った。
ピンクが終わり気味で、濃い紅色と白い花が見頃だった。
私が梅を見ながら、
これはちょっと咲きすぎ、こっちはまだ、この紅いのがきれい!
と梅の花を評価しながら、
娘に、どれが一番キレイ?
と聞くと、ちょっと真剣な怖いくらいの顔をして、
どの梅もみんなきれいだよ!

美しい、という言葉、
私はこれをいつも何気なく使っているし、この言葉の意味を自分では
わかっているつもりなのに、まったくわかっていない、
とまた気づかされる。

美しい、と私が思う時感じる時、
これはきれい、でもあれはまあまあ、とか、あれはちょっときれいじゃない、
とか私は比べて、自分の頭で、心で評価する。

美しい、という言葉の意味、
それは、言葉としてこっちの世界にやってくる瞬間の感覚が、
心地よく、素晴らしく、完全なあの感覚のことだ。

私というフィルターを通らないで直接やってくるあの感覚。

それが美しいという意味だ。

梅の美しさの中にだだ浸っていたい。

ありがとう。

先日私の誕生日でした。
有機栽培のお野菜を頂きました。ほうれん草が生命力溢れていて
それを食べた家族みんな元気になりました。
ありがとう。

そして私の妹達、
離れていても心はひとつ。
胸いっぱいの愛をありがとう。
sweet, strong and cool に ヴィハラティ(過ごす)します。

Om shanti shianti shantihi

Kaoru

Merry Christmas

私は生命そのもの。
生命のリズム、私が存在しているのは、私の中をそれが行ったり、
来たりしているから。
私に呼吸させている力が生命の源。
存在のもと。

それは呼吸、息をさせる力、
それはenergy, すべての中に存在しているenergy.

それを 意識すること、そうしたらそれが繋がって、すべての物と繋がって、
ひとつになっていることがわかる。

私はそれの一部、一部としてすべてに繋がっている。

それは神、どこにでもいて、気づいてさえいれば、
いつも一緒にいられるもの。
喜びそのもの。
ぷちぷちはじける生命のenergy.
すべてを活かしている力。

神様といつも一緒にいられますように。

生きていることそのものが、それだけが、神様と一緒にいる、ということ。

Merry Christmas.

sat, chit, aananda, hari OM

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未承認 (02/05 07:39) 編集・削除

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割れた器

7年間大事に使っていたガラスの容れ物が割れた。
いつの絶妙なバランスでしまわれていたその器、それでも7年間そこから落ちてきた
ことはなかった。

私はとても哀しかった。たかが器が一つ壊れただけなのに、涙が出てきた。
"よくも落としたな、”という気持ちが少しと、”あ、もったいない”、も少し、
でもそれよりも何か別の感情があった。

何年も役に立って重宝でいい器だった。私たちが作ったいろんなもの、トマトソース、
ホワイトソース、カレー、野菜、果物、何でも保存してくれた。
それがなくなった。

形あるものはいつかは壊れる。
命あるものはいつかは死ぬ。
物事は変化する。

人間の身体と同じ。
プラクリティのものは常に同じ状態ではない。
形はなくなって別のものになる。
これが自然というものだ。

私は物に対しても、別にそれが高価なものでなくても、身に付ける物でなくても、
替わりがいくらでも売っていても、心で感じる何かがあること、
そしてそれに対する気持ちが外に出てきた、それは、

ありがとう、という気持ちだった。

私は心の中であの器に、ありがとう、と言った。
そして、さようなら、とお別れした。

ようやく大阪も長かった梅雨が終わったと思ったら、台風がやって来た。

雨の中お盆で山梨に帰ったら、今度は地震。
久しぶりの早朝の震度4は怖かった。
地震と台風が一緒にやって来るのも怖かった。

いつ雨が降るのか分からないまま、山奥の滝に行った。
道路で車を降りて森の中に入った。一歩入ると、ひんやりと冷たい。
木と土のいい香と、木から出てきたばかりの新鮮な酸素で満たされた森の中
滝に向かって進んだ。

10分もかからないでもう滝についた。その滝は小さな滝とその上にまた大きな
長い滝が2重になっていた。

水しぶきの中で水着になって川の中に入った。
なんとも冷たい水だった。一歩中に入って身体中が冷えてしまうくらい。

それでも子供達は、川から滝壺に向かって泳いでいた。
そして高い岩の上に上っては、そこからジャンプして飛び込んでいた。

私は、中が見えないし、どれくらいの深さか分からない所になんで飛び込むことが
できるのか不思議だった。

滝の近くに行くと、耳に入る全ての音が水の落ちる音に変わる。
あまりの音に耳の感覚が麻痺しそうになる。

水の中に入った足もあまりの冷たさにそれ以上身体を水につけることができない。

2年前はザボンと中に入ったのに、今年は水の量が多いし、冷たいし、寒いしで、
とても腰から上が水に入っていかない。

あたりを見渡すと、緑のいろんな木に囲まれて、葉っぱの間からほんのちょっとだけ
光と雲と青空が見える。

滝の下にいるとこの世のことがすべてなくなる。
滝の音と水と緑と岩とそこの空気、そして私達だけの世界。

滝壺まで泳ぐと、突然ものすごい勢いで逆方向に戻される。
どんなに意識して踏ん張ろうとしても、水の力には適わない。
どうしても滝壺には行けない。

今年は台風のせいか、子供達も滝壺までもおよいでいけなかった。

私は結局下半身浴だけしてあがった。
それでも水につけた部分は何だか生き返ったように気持ちよかった。

帰りは山道ですってんころりんして、また森を出たら、太陽がギラギラで暑かった。
あの時冷たくても我慢して水の中に入って泳げば良かったな、と思った。

梅雨

今年はなかなか梅雨が明けない。もう真夏なのにいつも雲の様子が変わっている。

大阪に来たばかりの頃、6月からの梅雨の間、空気中の水分が全部自分に吸い付いて来るような感じ、要するにこのひどい湿気に悩まされた。

とにかくしっとりじゃなくて、じっとりしている。
そしてすぐ汗が出る。

汗はすぐにあせもになる。
かゆくなって真っ赤になる。
お湯で洗うと広がって、石けんをつけると痛くなる。

その繰り返しで夏が来るはずなのにまだ雨が降る。

またこの季節はなにやらとても喉が渇く。
お水をたくさん飲んで、お腹の中がパンパンなのに、まだ喉が渇いている時がある。

そんな時、私は果物や梅をお酢に漬けて、そのお酢を水で割って飲む。
梅に氷砂糖だったり、黒砂糖、蜂蜜、リンゴ、夏みかん、金柑、これは喉にも
とてもいい。 

夏みかんを漬けたお酢はナンプラーやヌクマムを混ぜるとエキゾチックなたれに
なる。

雨期のインド(北インド)で、ふらふら外をほっつき歩いていると、とにかく
喉が渇いて仕方がない。みんなが美味しそうに炭酸を飲んでるので、普段炭酸を
飲まない私もどうしても飲みたくなる。

特にインドにしかないリムカが飲みたくなる。
そして飲んで後悔する。
お腹が痛くなって、どうしようもなくなるのだ。

そういえば、リムカの味もう覚えていない。

七夕

昨日は七夕で、娘と笹の枝に七夕の飾り付けをした。
色紙を使っていろんなものを作ってきた。

その中に短冊が二つあった。
これはちょっと前に家で娘が書いたものだった。

自分のうそ字でなにやらぐちゃぐちゃ書いてある。
なんて書いてあるの?と聞くと、
いつもありがとう。
そしてもう一つは、
いつも願いを聞いてくれてありがとう。
だそうだ。

短冊を笹の枝に引っ掛けた。そうしたら、
”いつもおはしでたべられますように!ってかいたの!”
に変わっていた。

箸で食べる楽しさと、美味しさがわかってきたのかもしれない。

あんな難しい道具を使えるなんて!
私が教えてもないのに。と感心する反面、
なんでまだかみパンツ履いてるの!
とがっかりしている母です。

お祈り 2

そういえば、教会へは行かなくなったが、わが母校には素晴らしいチャペルが
あった。そして素晴らしいパイプオルガンもあった。

毎朝礼拝があったが、5人もいなかったと思う。
私は時々讃美歌が歌いたくなると礼拝に出た。

お祈りする習慣はなくなったが、信仰の火種だけは細々と保っていた。

そして20歳の誕生日、母が私に手紙をくれた。
それが、アッシジのサンフランチェスコの平和の祈りだった。

お手元にある方は、心を静かにしてどうか見て下さい。
Oh,Signore,
Fa di me un'istrumento della tua pace.

主よ、わたしをあなたの平和の道具にして下さい。

ではじまって、

Morendo, che si riuscita la vita eterna

身体からはなれて、永遠の命になれますように。

ヴァイラーギャ、(物でも人でも自分でも何でも自分の欲望を満たすものから
離れること)これで始まり、これで終わる。

本当の祈りには自分のエゴはいっさいない。

それなのに、祈りと言えば、いつも自分のお願いしかない。

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まゆみ (06/22 18:03) 編集・削除

私もサンフランチェスコの平和の祈りが大好きでお祈りの書いたしおりをいつも本に挿んでいました、つらいことがあるとお祈りをいつも読み返していました、最近はお祈りのことをすっかり忘れていました、ブログをみて思い出しました。学生の頃は私もよく寮の中にあるチャペルに行ってお祈りをしたものてす、本当に自分を平和の道具として使えたらどんなにいいだろう、でも現実の世界は別、自分の弱さを日々感じております。

Kaoru (06/23 14:40) 編集・削除

まゆみさん、コメントありがとうございます。
私たちが平和の道具になれてもなれなくても、そうして下さい、と神様にお願いするのですよね。なりたいって心の底から思って。
”われおもうゆえにわれあり。”
私が思うように私は存在する、私がそう思えば、そうなるんですよ。
だから平和の道具になれるように、お祈りしましょう。

黒ラーメン

大阪の森之宮にある、黒ラーメンを初めて食べたのは、2001年だった。
黒ラーメンと聞いて、思い浮かんだのは、炭のような真っ黒の
スープのラーメンだった。

イカスミのスパゲッティの黒色がスープになったのを想像した。

そういえば、初めて真っ黒けのイカスミのパスタを食べたのは Venezia だった。
太めのスパゲッティでオリーヴオイルで黒がてかてか光っていた。
おいしかったけど、記憶に残る程の味ではなかったことだけ覚えている。

森之宮の黒は、真っ黒ではない。
豚骨ベースのスープにイカスミが混ざっているから、肌色とクリーム色とグレーと
ちょっと黒が混ざったような色だ。

麺は太くなく細くなく、ちじれていない。
具はもやし、メンマ、青ねぎ(大阪では白ネギのことはない。)、そしてチャーシュー。(これは味も形も量も変わる)
スープは初めのうちはあっさり感じるのに、だんだん濃厚になってきて、
最後はお腹にポンとたまって、黒ラーメンを食べた、という記憶がしっかりと
残る。

そしてしばらくたつとまた黒ラーメンが食べたくなる。

お祈り 1

それは私が小学校4年生の時だった。
友達が目を瞑って手を組んでなにやらぶつくさと呟いている。

それが始めて聞いた主の祈りだった。
その言葉に心を奪われた。

初めて聞く、"天にまします我らの父よ、願わくば御名をあがめさせたまえ、
御国を来らせたまえ、,、、、、国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり、アーメン”

という言葉に釘付けになった。
手を組む格好も良かったし、極めつけは最後のアーメン、だった。

オームを初めて聞いた時もこれほどは感動しなかった。
私はこのお祈りの意味もよくわからないのに、完全にその言葉の響きに引きつけられてしまったのだ。

まったくそれを唱えているだけで、神様が私と共にいて、守っていて下さると本気で信じてしまった。

今考えてみればすごいことだ。母親に対しては言うことを聞かないとんでもないわがままな
私が、神様だけは心から素直に受け入れてしまったのだから。

私はその頃から高校を卒業するまでプロテスタントの教会に通った。
学校の勉強とはまったく違う聖書の話を聞くのが大好きだった。

中学に入るとそれが当たり前の日常になった。

やがて高校を卒業して大学へ進学しても、神様の話はそのまま日常的なものとして残った。
ところがそういう環境があまりに普通になりすぎて、私の内側から別の私が出て来た。

とりあえず、大学生という社会的な地位だけ確保して、お年頃になった私は、
クリスマスとイースター以外、神様とさよならをした。

それでもクリスマスになると、私は一人になって、神様のことを考えた。

一人でメサイヤを歌い、(私が歌えたのはコーラスのパートだけだけど)
ハレルヤコーラスでアーナンダになって、アーメンコーラスで、涙を流した。

年に二回の偽クリスチャンだった。
だって教会には恐れ多くて行けなかったからだ。

主の祈りは私の中から消えてしまった。

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