ヨギーナでシタール奏者の伊藤公郎さんのライヴがあった。
久しぶりのシタールの生の音に身体中が反応して、お腹の中が浮き上がったような感じがした。
生の楽器は耳で聞くんじゃなくって、全身全霊で感じる、音と一体になることを身体と魂が思い出した。
シタールとタンブーラのアラープで始まり、シタールとタンブーラのラーガで終わった。
タブラなしのラーガは、想像していたのと全く違っていた。シタールの響きにたっぷり浸って、
とにかくラーガだった。
伊藤さんは、サンスクリット語のラーガを、心に色をつける、と訳された。
私達はいつもヨガの勉強をしていて、ギーターやスートラを読んでいるが、ラーガという言葉を、
欲望、特に愛欲と訳している。
だから、バイラーギャになると、ラーガから離れる、つまり、離欲、という意味になる。
そのラーガを聞いている。
ラーガに溶け込んでいる。
ラーガそのものになってしまっている。
心が透明になって、シタールの一音一音ごとにいろんな色がついてくる。
音と音が混ざり合って色と色も混ざり合う。
音と共に自分の中にいろんな感情がやって来ては消えていく、私はただそれをおいかけて
みていた。
ラーガには慈悲のラーガもあるそうだ。
伊藤さんはラーガを演奏する前に、スマイルで、これを聞けば不眠症が治るとおっしゃられたけど、とても寝てはいられない。
覚醒してしまう。
音楽が始まって、音楽が終わっても。